デザイナーらとの協働で溶接技術を捉え直す~ハタノ製作所 波田野社長インタビュー【第1回】

溶接技術と向き合いコロナ禍で創業

コロナ禍の2020年10月、大田区に新しい町工場が生まれた。波田野哲二さんが代表を務めるハタノ製作所だ。溶接技術を武器にデザイナーやアーティストとのコラボレーションも積極的に行い、新しいものづくりを目指している。波田野さんの溶接技術と創業について聞いた。

【ハタノ製作所 波田野哲二氏】

溶接跡は消し去るもの その美しさを指摘される

ハタノ製作所といえば、デザイナーやアーティストとの協働で溶接技術の新しい魅力を発信されている今までにない町工場というイメージがあります。まずは溶接技術について教えていただけますか。

一口に溶接技術といっても、実はたくさんの種類があります。その中で、ハタノ製作所では電気を用いたアーク溶接の一つであるTIG(ティグ)溶接という技術を専門に行っています。

TIG溶接は、不活性ガスであるアルゴンガスを吹き付けながら溶接を行うことで、溶接箇所に簡易的な真空状態を作り出します。真空なので金属と酸素が反応しない状態で溶接が可能です。そのため、精密でかつ安定した形状になるのが特徴ですね。さらに高精度な溶接技術としてレーザー溶接などもありますが、機械が高額であったり広範囲の溶接には向かなかったりします。その点、TIG溶接は汎用性が高い溶接技術だといえます。

【TIG溶接作業の様子】

 

溶接技術はどのように習得されたのでしょうか。

父が有限会社共栄溶接という溶接工場を経営していますので、小さなころから慣れ親しんだ技術ではありました。中学生のころから工場で多少の手伝いをしていましたが、溶接技術を本格的に習得しはじめたのは、2010年に父の経営する会社に入社してからですね。なので、今年で11年目になります。

入社して4年目には、シンプルな形状であれば任せてもらえるくらいの技術を身につけていたと思います。その後も、実践を通じて特殊な技術を徐々に身に着けスキルアップしていきました。

溶接をはじめて10年目に技術に自信を持ちハタノ製作所を創業しました。いまでは、溶接ビードと呼ばれる溶接跡の美しさを評価されることが多いですね。

実はこの溶接跡ですが、工業製品として納品する場合は研磨して除去してしまうことが多いんですよ。消し去るものという固定概念でとらえていた溶接跡を「美しい」と言われた当初はびっくりしましたね。

【美しく七色に輝く溶接跡】

繊細な溶接跡の色合い どう色を出すか手探りが続く

溶接跡には不思議な美しさを感じます。除去してしまうなんてもったいない気もしますが、この色は狙って出せるものなのでしょうか。

ある程度は出せる、というところでしょうか。熱の伝わり方などによって色の出方は変わります。なので、板の厚さ、流す電気の強さ、溶接作業のスピードなどの影響を受けます。同じ色を出すには同じ条件を整えて溶接する必要があります。どんな板厚でどんな電気の強さでどんな色が出るのかということについて、ある程度の法則性はわかっています。ただ、材に少し熱が残っていたりすると、その影響で思った色が出ないということもありますね。繊細なんですよ。そもそも、一般に溶接跡の色についての発注元から指定を受けることはありません。見た目を重視するような場合は除去しますし、そうでない場合はそもそも目に触れなかったりしますから、色についてのお客様からの要望はありません。ですので、TIG溶接による色の出方についての知見も整理されていないんですね。これまで着目されてこなかった溶接跡を面白がってくれるデザイナーさんやアーティストさんの要望の応えるために、どう色を出すか日々手探りです。

町工場の生き残りをかけて 職人10年目コロナ禍での起業

2020年10月、コロナ禍で起業されました。どんな思いからなのでしょうか。

町工場の経営はどこも厳しい。そのような環境下で、町工場も変わっていかなければ生き残れないという問題意識からですね。溶接工として働く中で、新しい時代に生き残っていくために必要なこととして、2つのことがあると考えるようになりました。1つは効率化です。町工場に入社する前は、ITシステムなども導入され効率化・組織化された環境で働いていました。その経験からすると、町工場でもさらに業務の見直し、効率化ができるのではないかと感じています。例えば、父の会社では取引先との受発注はFAXを利用し、さらにFAXが届いたか改めて電話で確認するというオペレーションでした。その対応のたびに、手が止まってしまいます。高額なシステムを入れなくても改善できそうですよね。もう1つが人とのつながりです。学生時代から生徒会長を務めたり、いまでもいろいろな集まりの幹事を引き受けます。そういう立場で人とつながることの可能性や人を巻き込んでいくことの楽しさを経験してきました。一方で、父の会社に入ってからは、決まった取引先とのやりとりで関係性の狭さを感じました。町工場ももっと人とつながることで、可能性を広げられるのではないかと考えています。

このような考えに至り、父の会社の中で改善の働きかけもしましたが、父には父のやり方があります。また、父自身も祖父の興した会社から独立した経緯がありますので、私も独立を視野に入れるようになりました。10年という区切りを自ら設定して、それまでに職人として十分な技能を身に着けることにしました。

独立を意識されてから、どんな準備をされましたか。

職場では溶接技術の習得にそれまで以上に精を出しました。同時に、デザイナーさんや他の町工場など外部との交流の機会を積極的に求めました。

創業支援施設にも通い、創業に必要なノウハウを学びましたね。その当時は、創業に対して意欲はあるものの、「自分に経営者が務まるのか、必要な融資が受けられるのか」など漠然とした不安や恐れを抱えていました。創業のための講義を受けたり、実際に創業された方のお話を聞く中で、難しく考えすぎていたと気づきました。「自分には確固たる溶接技術がある、経営の知識がまだ十分でなくても周囲のサポートを受けながらやっていけばよい」と思うようになりました。創業に向けて、何をすべきなのかという手順が明確になりましたね。希望の光が見え、「自分が培ってきた溶接の技術を世に出していこう」と決意を新たにしました。


【企業情報】

業種   TIG溶接を主とした金属加工業

設立年月          2020年10月創業

代表者              波田野哲二

本社所在地      東京都大田区京浜島2-13-3 城南工業株式会社内

公式HP           https://hatanoworks.com/

SNS    Twitter @hatano_works 


 

この記事の著者

赤田彩乃

赤田彩乃中小企業診断士、健康経営アドバイザー、「ずるいデザイン」講師

大学卒業後,人材紹介の営業担当を経験。その後,まちづくりや建築への関心から,まちづくりコンサルへ転職。自治体を主要顧客としまちづくり,景観・住宅施策,防災に関する計画策定業務に従事する。夫の転勤による退職後は独立し,中小企業支援や新規事業立ち上げ支援等を行う。

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