- 2021-9-7
- 取材・インタビュー
「ゼロ→イチの設計開発力」安久工機が持つ魅力
「この試作品は作れますか?」
様々なベンチャー企業や大学・企業の研究室などから多くの試作開発の依頼を受ける安久工機。東京都大田区という日本最高峰の技術力を誇る町工場が集結する地域において、加工ではなく設計と組立を専門とする会社である。創業期から培ってきた試作開発の設計力を武器に、加工技術に優れた大田の町工場と共に、ものづくりの最前線で活躍してきた安久工機の魅力について、常務取締役である田中宙(ひろし)氏に話を伺った。
半世紀を超える試作開発の経験とノウハウ
御社は試作開発に関連する仕事を多く受注されています。業務内容と仕事の流れについて教えてください。
田中氏:試作開発は世の中にない製品をつくり出す仕事です。試作開発の流れとしては、主に企画立案→構想図→詳細設計→加工・調達→組立→納品という工程がありますが、弊社は構想設計・詳細設計・調達・組立を主な業務としています。簡易的な加工業務は弊社でも行いますが、大田区の「仲間まわし」 のネットワークを活用し、それぞれの加工を得意とする会社に依頼することで、幅広い試作品の製作を可能としています。
いつ頃から試作開発に携わっているのでしょうか。
田中氏:安久工機は創業期から大学の研究室とともに人工心臓開発に携わっており、試作開発の分野において、製品性能、材料の調達のしやすさ、加工、量産、経済性などを考慮した設計に取組んできました。
研究室には医学博士や工学博士などその道の専門家はいますが、ものづくりを専門とする町工場の職人はいないため、試作品のアイデアを持つ人と加工ができる町工場とのハブ役が必要とされているんです。そこで、弊社が素材や加工の知識を活用し、設計を担うことで、試作開発における研究室と町工場のスムーズなコミュニケーションのつなぎ役を果たしてきました。いわゆる「医工連携」の先駆けですね。
安久工機の魅力はどこにありますか。
田中氏:安久工機が提供する最大の価値は「ゼロ→イチの開発力」です。
弊社は突出した加工技術を持つ会社ではありませんが、創業期から取組んでいる試作開発の設計を通じ、相談を受けた多種多様な案件に対して、どのようにしたら作れるかということを依頼者とともに考え、素材の特性や加工方法を調べながら、一件ずつオーダーメイドスタイルで設計を提供してきました。
弊社が手掛けるのは、設計の中でも機構設計という領域ですが、この領域に特化している企業は珍しいと思いますし、ゼロからイチを生み出していくということは我々が誇りに感じている部分でもあります。
最近はCADや設計ソフトも優れているので、図面自体は比較的簡単に描けるようになってきましたが、加工方法やコストを考慮した図面を書くためには加工知識も必要になります。弊社としては、「板厚を少し変えれば調達がしやすくなり、価格も抑えられますよ」とか、「加工方法をこちらに変更すれば精度が高まりますよ」などと、加工側の視点からお客様のアイデア実現のサポートをしていくことが、我々が提供できる価値だと考えています。
安久工機がこれまで手掛けてきた製品はどのようなものですか。
田中氏:弊社の代表的な製作事例に、「人工心臓血液循環シミュレーター」があります。これは人工心臓の機能評価などに用いる装置で、コンプレッサーで血液や疑似血液を循環させることで脈動を再現し、血圧や流動の測定を行います。安全な人工心臓を開発するためには、様々な脈動や圧力でのテストを行う必要があり、弊社が研究者の要望に応えながら開発した装置は、安定した血圧や良好な血液状態を維持できる品質の人工心臓開発に貢献してきました。
また、球状の水膜を作る噴水「ウォーターベール」は、1㎜程度の均等な水の膜を作ることで、密閉された空間を作り出すことができるきれいな噴水です。当初は噴水内で人がくつろげる程の大きさにする予定で、発案した研究者がリラックス効果を検証・確認しましたが、大きな噴水は構造やメンテンナンス上の課題があるため、今は小さなサイズのインテリアとして商品化したいと考えています。
水関連の試作品開発としては、流体素子を利用したスプリンクラー「散水素子」の原理試作開発も行いました。機械的な作動部がなく、厳しい環境でも壊れにくいため、豪雪地帯での屋根融雪装置や新幹線線路の消雪装置として実験的に応用されています。
ほかには、盲学校の先生の相談で試作開発に取組んだ触図筆ペン「Lapico」も代表的な製品です。インクに蜜ろうを使うため、凹凸により文字や絵を指で感じ取ることができます。
弊社では年間300程の案件を受注しており、ここでは書ききれない程の試作品開発に携わらせてもらっています。
「個人の知見」を「組織の知見」に
田中さんは2017年に安久工機に入社されました。その時に感じた安久工機の課題とその改善への取組みについて教えてください。
田中氏:私自身、入社するまで製品開発や開発マネジメントなどの経験はありませんでしたので、フラットな目線で「これは変えたほうが良いな」と感じたところから少しずつ変えていこうと取組んできました。
2年ほど前からは、社長や社員ひとりひとりが蓄積してきた知識や経験を「組織のナレッジ」にすることにチャレンジしています。案件ごとにプロジェクトチームを組み、例えば、ポンチ絵を社長が作成し、社員がCADで製図するなど、仕事を分担することで、設計のバリエーションやその構想設計に至るまでの考え方を浸透させようと取組んでいます。
プロジェクトチーム制のほかに、知識の共有のために実施した取組みはありますか。
田中氏:ほかには開発会議の時間を設けました。各社員が取組んでいる案件の提案会のようなものです。その場では、社長や私も含め、担当以外の人からのアイデア・意見・助言や案件に適した加工会社の情報共有など、自由闊達なコミュニケーションを通じて、個人のナレッジを外に引き出し、人に伝える時間を作っています。
一方で、個人が持つスキルには得手不得手がありますので、全員が同じナレッジを持つのではなく、それぞれの得意分野を伸ばしてもらうことを第一に、足りないところは誰に聞けばよいかわかる状態を目指しています。
【企業情報】
業種 専用機・試験装置・試作開発に関する設計及び製作
設立年月 1969年8月
資本金 10百万円
従業員数 5人
代表者 田中 隆
本社所在地 東京都大田区下丸子2-25-4
電話番号 03-3758-3727
公式HP http://www.yasuhisa.co.jp/index.html
Twitter @YASUHISA_KOKI