創業100周年を目指して 町工場の技術を次世代へ~株式会社ムソー工業 尾針社長インタビュー【第1回】

第1回「IT化で実現させる顔の見える営業」

1950年創業で2020年に70周年を迎えたムソー工業は、今でいうところの大学ベンチャーだったという。歴史ある会社を事業承継した3代目社長が力を注いでいるのはIT化による顔の見える営業。ITと顔の見える営業は一見真逆のようだが、その真意を聞いた。

ムソー工業株式会社 代表取締役社長 尾針 徹治氏

大学ベンチャーとしてはじまったムソー工業 研究者を支え続けて70年

昨年2020年は御社にとって創業70年となる記念の年でした。歴史ある御社の成り立ちについて教えていただけますか。

はい、当社は私の祖父尾針嘉一が武蔵工業研究所として東京都品川区で創業しました。祖父はもともと武蔵野工業大学で技官と呼ばれる研究者の研究のサポートを行う仕事をしていました。様々な研究に合わせて必要な素材や器具を調達する仕事です。当時の学長さんの勧めで大学を飛び出し創業したそうです。今でいうところの大学発ベンチャー企業ということになるのですかね。

二代目社長を務めた父は、大学で経営を学び、素材や器具の外部調達から内製化に事業を徐々にシフトさせていったと聞いています。

 

現在の取引先は大学の研究室に加え、大手を中心とした製造業が多いですね。研究者の支援ということですが、もう少し詳しく教えていただけますか。

研究者が行う材料試験のサポートを行っています。材料試験というのは、素材の強度や疲労性などを調べる試験です。

当社では試験は実施せず、試験実施のための支援を行っています。まずは、試験を行う対象物を試験できるように加工すること。試験片づくりですね。

筒状の材料とそれから切り出された試験片

電子顕微鏡用の治具(試料ホルダー)

もう一つは、試験を行うための装置の設計と製作です。試験装置全体を作ることもあれば、既存の装置の一部を試験に合わせて作ることもあります。

私たちの暮らしに材料試験は必要不可欠です。例えば、「どれだけ錆びやすいか」という試験がなかったらどうなりますか。錆びてほしくないキッチン周りのシンクや包丁などの金属製品、船に用いられる部品がいつ錆びるかわからない。困りますよね。

大学と共同研究した「フライホイール型摩擦試験機」

材料試験は私たちの安全・安心な暮らしを支える「ものづくりの最初の一歩」。それを支えているのが当社だと誇りを持っています。当社への問合せ件数は年々増加しており、材料試験へのニーズの高まりを感じています。

 

顔の見える営業のためにITを活用していく

ニーズが高まる中、現在、尾針社長が力を入れているのがITを活用した営業だとお聞きしました。効率化を意識されてのことでしょうか。

効率化を意識してというのは、半分正解、半分不正解ですね。私たち町工場は人手が足りず十分な営業体制を構築することが難しい。そこで昨年から積極的に営業活動でITを活用して効率化できるところはどんどん効率化し進めています。しかし一番の狙いは、お客様のところにしっかり足を運んで顔の見える営業をする時間を捻出することです。

 

町工場がもつ無限のノウハウを密なやりとりでお客様の問題解決に活かす

ITによる効率化を図り、お客様のところに足を運ぶ時間を作り出しているのですね。顔の見える営業とはどういったものでしょうか。

当社は経営理念として、「未来に向けて走り続ける研究者に技と知識で伴走し兼愛無私の心で調和のある世界創造に貢献する」という言葉を掲げています。研究者のご要望やお悩みにしっかりと寄り添うパートナーでありたいと思っています。そのためには、お客様である研究者のもとに足を運んで顔を合わせてコミュニケーションをとる。言外の思いが汲み取れるぐらいになりたいですね。

また、町工場のものづくりは本当に多様です。当社の職人もそうです。同じオーダーであっても、アプローチの仕方は職人によって異なる。それだけ多くのノウハウを蓄積しています。無限ともいえるようなノウハウのなかからお客様に合わせて提案し、お客様の問題解決に活かす。それには密なやり取りが必要です。そのためにも足しげくお客様のところに通う。この取組はむしろ効率化とは逆かもしれませんね。しかし、技術を生かした提案こそが町工場の生き残りの一つの答えだと思っています。

このような私たちのものづくりへの姿勢に価値を認めてくれるお客様と継続的な取引をしたいですね。

HPを活用した営業活動について説明する尾針社長。HPには1967年に納品された「1200トン引張試験機」がアップされている

手当たり次第の情報発信から分析による精度の高い発信へ

町工場の持つ多様なノウハウを活かすには顔の見える営業が必須だということですね。町工場でも製造現場を中心にITは少しずつ導入されていますが、営業に活かすというのはまだあまり聞きません。具体的な取組を教えていただけますか。

大きく二つありますね。WEB接客による省力化と、ITやAIによる分析を活用した営業活動の効率化です。

WEB接客としては、例えば「会社案内を送付してください」というような初期の問合せの対応に、HPにチャットボットを導入しました。問合せの多い他の内容もチャットボットで対応できるように更新しているところです。おかげで、簡単な問合せのためにパソコンの前に張り付かなくてもよくなりましたよ。

もう一つの分析についても日々トライアンドエラーを繰り返しています。もともとHPからの問合せを増やそうという取組を行っていました。始めた当初は、右も左もわからずとにかく情報をアップしようと考え、これまでの実績をどんどんHPに掲載していました。私の生まれる前の1967年の実績まで掲載していますからね。

かつての手当たり次第の情報発信から、分析により少しずつ狙いを定めた取組に変わってきました。例えば、当社のHPを閲覧している方がどういう検索ワードで当社HPまで行きついたのか、どういう業種の方が多くご覧になっているのか。そういったことを分析したうえで、いま何を発信したらお客様に響くのかと次につながるよう情報発信の精度を高めています。

お客様へのメルマガ配信も行っていますが、お客様の開封状況によって次のアクションを変えることも自動化しましたね。

こういった取組はITサービスを導入して進めているのですが、専門用語がたくさん出てきて理解するのも難しい。外部の専門家のサポートも活用しながら進めていこうと思っています。


【企業情報】

会社名:ムソー工業株式会社

業種 試験片加工、試験治具の設計・製作
設立年月 1950年5月創業
資本金 10,000千円
従業員数 12人
代表者 尾針 徹治
本社所在地 東京都大田区京浜島2-13-9
電話番号 03-3790-0666
公式HP https://muso-technologies.co.jp/our-company


 

この記事の著者

赤田彩乃

赤田彩乃中小企業診断士、健康経営アドバイザー、「ずるいデザイン」講師

大学卒業後,人材紹介の営業担当を経験。その後,まちづくりや建築への関心から,まちづくりコンサルへ転職。自治体を主要顧客としまちづくり,景観・住宅施策,防災に関する計画策定業務に従事する。夫の転勤による退職後は独立し,中小企業支援や新規事業立ち上げ支援等を行う。

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