創業100周年を目指して 町工場の技術を次世代へ~株式会社ムソー工業 尾針社長インタビュー【第3回(最終回)】

第3回 大田区の町工場はひとつのチーム チームで強ければいい

大田区の町工場では「なかままわし」と呼ばれる地域内分業が行われている。ムソー工業も「なかままわし」で仕事を受けることも、まわすこともあるという。「なかままわし」が可能となる背景、これからの町工場に必要なことを聞いた

大田区の「なかままわし」の象徴、下町ボブスレーの取組

 

信頼のおける会社が多いからこそ「なかままわし」ができる

大田区には多くの町工場があります。大田区のものづくりの特徴について教えてください。

大田区の町工場は、歴史の長い会社が多いですね。当社も社歴の長い会社ですが、「ムソーさんとはおじいさんの代からの付き合いだから」と言ってくれる会社も多くあります。長く続いているということは、評価されて生き残ってきたということ。ですので、技術の面でも人の面でも信頼をおける会社が多い。このことが大田区のものづくりの特徴である「なかままわし」の基盤にありますね。一つの仕事を他の町工場と連携して納品するのが「なかままわし」です。それぞれの町工場の強みを活かした地域内分業ですね。

 

信頼が「なかままわし」を可能にしているのですね。「なかままわし」の取組は昔から大田区の町工場の文化として根付いていたのでしょうか。

詳しいことは私もわかりませんが、当社が創業した時代、終戦の爪痕がまだ残っているような時代に、物の不足もあり手を取り合うような助け合いとして自然と発生したのではないでしょうか。その後の高度経済成長期には、いったん横のつながりは薄れたような気がしますが、再度見直されているように思います。下町ボブスレーはそのきっかけの一つですね。いろんな組合や工業会がありますが、そういった組織も組織内の活動から組織間で連携をとるようにどんどん変わりつつあります。

 

「なかままわし」で提案の幅が広がる

再度見直されているのはどんな背景があるのでしょうか。

お客様のニーズの多様化ですね。いろんなご要望にお応えしようとするとどうしても1社で対応するのは難しい。周りと協力した方がスムーズに対応できますし、提案できる幅も広がります。だから仕事も取りやすい。「なかままわしで仕事とった方がいいじゃん」、そんな認識が町工場で生まれているようです。受注を目的とした連携組織「I-OTA」も立ち上がっていて当社も参加しています。私も連携を前提に営業活動をしています。当社の技術だけではなく他社さんの技術、得意分野もある程度頭に入っていますよ。1社ではできないこともたくさんありますが、チームで強ければいい。そう思っています。

 

失敗も共有してみんなで成長しよう

「なかままわし」でニーズの多様化に対応しているんですね。チームで強くなるために、何か実践されていることはありますか。

下町ボブスレーや経営者の勉強会などによる横の連携づくりもその一環です。加えて最近始めたのが、PRの勉強会です。

もともと当社の取組としてPR力を身に着けようと元テレビ局のディレクターさんからマスメディアの活用方法について指導をいただいていました。いまもプレスリリースを出したりと試行錯誤をしているところです。

そういったときに、ある会社さんが技術力を争うコンテストで素晴らしい成果を出されました。聞くとそれをアピールしたいがどうやっていいのかわからないと言われる。「なら、一緒に勉強会しようよ」と。当社もまだまだですが、少しだけ先を行っています。失敗したこともあります。当社の失敗も共有してみんなで成長しようよ、そんな思いで勉強会を立ち上げました。

知名度向上の取組の一つとして、注目の芸術家灰原千晶氏とのコラボ。若い人に町工場の面白さ、技術の高さをアピールする

 

正当に評価されるために町工場こそ伝える力が必要

PRも一つのノウハウです。それを仲間とはいえ公開するのは惜しくはないのでしょうか。

惜しくはないですね。大田区の町工場は、一つの大きなチームのようなものですから。

むしろPR力は町工場がそれぞれ身につけなければならないと強く思っています。中小企業と大企業の違いの一つは知名度です。メディアに取り上げられるのを待つのではなく、戦略的に仕掛けて知名度を上げていきたいです。取り上げられれば仕事につながりますよね。

PR力を高めたいと思っているのは、仕事をとるという目的だけではなく、さらに本質的な狙いがあります。それは私たち町工場の技術を正確に伝えること。お客様から正当に評価されるために必要なことです。正当に評価されれば、買い叩かれることもないはず。買い叩かれなければ資金に余裕が出て、事業を継続するための設備や育成など投資もできる。

高い技術に対して正当な評価、正当な報酬を得られる仕組みを作っていきたい。まずはPRの勉強会を始めましたが、いろんな挑戦を続けていきます。

子どもたちの工場見学も積極的に受け入れている。     主催のANAベストキッズプログラムから贈られた大感謝状

私がいなくても回っていく組織をつくりたい

事業継続のためのPR力強化なのですね。PR力の他に長期的に存続していくために取り組んでいることはありますか。

当社で取り組んでいるのは、「自立した組織づくり」ですね。自立というのは、存続のためのPDCAサイクルが無理なく回っていく組織です。社長の私がいなくても回っていく組織を作りたいと思っています。事業承継したばかりで私もまだ若いですが、病気や事故など不測の事態は起きかねません。現状は、他の多くの町工場と同様に当社も経営者である私が倒れてしまったら継続は難しい。

少ない人数ですのでITもうまく活用しつつ、従業員とともに営業力、提案力、技術力の自立的な向上サイクルを作り、創立100周年を迎えたいですね。

 

補助金制度を利用して購入した最新のマシニングセンター。 技術力と生産性向上に寄与している


【企業情報】

会社名:ムソー工業株式会社

業種 試験片加工、試験治具の設計・製作
設立年月 1950年5月創業
資本金 10,000千円
従業員数 12人
代表者 尾針 徹治
本社所在地 東京都大田区京浜島2-13-9
電話番号 03-3790-0666
公式HP https://muso-technologies.co.jp/our-company


 

この記事の著者

赤田彩乃

赤田彩乃中小企業診断士、健康経営アドバイザー、「ずるいデザイン」講師

大学卒業後,人材紹介の営業担当を経験。その後,まちづくりや建築への関心から,まちづくりコンサルへ転職。自治体を主要顧客としまちづくり,景観・住宅施策,防災に関する計画策定業務に従事する。夫の転勤による退職後は独立し,中小企業支援や新規事業立ち上げ支援等を行う。

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