インクで描く匠の未来図(有限会社小堀加工所 代表取締役 小堀泰克氏インタビュー①)

価格競争に左右されない小ロット受注へのこだわり

東京都葛飾区の静かな住宅街。案内された入口の奥にあるこぢんまりとした作業場に足を踏み入れると、彩り豊かなインク瓶が並ぶ棚と、整理整頓された印刷用の版下ストックが目に入ります。創業から50年を超える有限会社小堀加工所は、ボトル容器などの曲面へのシルクスクリーン印刷で全国有数の技術を誇る企業です。小ロットの受注にも細やかに対応し、顧客の多様なニーズに応える姿勢や、安全・安心な職場づくりに対する妥協のない取り組みが同社の特徴です。従業員一丸となって未来への技能継承に力を入れる同社の取り組みについて、小堀泰克社長にお話を伺いました。

 

 ―御社では小ロット受注がメインだとお聞きしています。なぜでしょうか?

小堀氏:前社長の父の時代には、大手企業からの大量受注もありました。当時は、大ロットも小ロットも同じ価格という考え方で、例えば最終製品の容器に使用するプラスチック材料費が高騰すると、そのコストが二次加工業者である我々にしわ寄せされました。仕事を確保するには、決められた単価を飲むしかない状況でした。そんな時、知人から「誰もできない仕事なら、自分で値段を決めればいいじゃないか」とアドバイスを受け、当社の工程能力と必要な加工費を単純に計算したところ、本来なら実際の二倍の利益を出せるはずだと分かったのです。それからは薄利多売を追求するよりも、高品質な印刷をできる強みを生かし値段も妥協せず、小ロットでの受注にシフトし「小ロット受注承ります」と看板を掲げ、ホームページでも宣伝することにしました。

得意とする曲面印刷の一例

 

―小ロット注文では具体的にどのような依頼が来るのですか?

小堀氏:例えば、アーティストのコンサート会場でジュースなどを販売すると、終わった後に大量のプラカップがゴミとして出ますよね。潰してもあまり小さくならないし、莫大なゴミ処理費用もかかります。ある時、イベント企画会社の方から「プラカップにイベント名やアーティスト名を印刷して、記念品として持ち帰ってもらうのはどうか」という話が出ました。しかし、当時メーカーでは最低ロットが2万個、5万個という数が常識でした。当社では100個から受け付けますと提案したところ、それが大当たりしました。日付まで印刷したカップはファンにとってその場でしか手に入らないものですから、捨てずに大切に家に持ち帰るのでゴミが出ないんです。家で飾る人もいるみたいですよ(笑)。その後も、人気ミュージシャンのコンサートなどに何度か採用されました。

様々な加工サンプルを手にインタビューに応える小堀社長

 

―そういう取り組みがやがて口コミで広がっていったのですね。

小堀氏:はい。プラカップメーカー側も無地のままでは差別化が難しく、大ロットでは大手とコスト勝負になってしまいます。しかし、中には小ロットに対応するカップメーカーも存在していました。彼らが大手との差別化を図るために小ロットでカップへの印刷ができる業者を探していたところ、我々と巡り合ったのです。それがきっかけで、リピートの仕事が増えていきました。父が亡くなってからは、懇意にしてくれていた大手企業からの大口受注も途絶えてしまい、これも小ロットへのシフトを加速させた要因の一つです。

 

―展示会にも積極的に出展参加されているとお聞きしました。反応はいかがですか。

小堀氏:どういった展示会への出展が有益かを探るためによく足を運びます。例えば、化粧品業界の非常に大きな展示会に参加した際は、化粧品容器の会社や、その容器を入れるパッケージ会社が出展していましたが、印刷屋は一切いなかったんです。そこに目をつけて、補助金申請をして小堀加工所のイメージカラーであるオレンジ色の装飾を目立たせて出展したところ、「小ロットでお願いできる印刷業者を探していたんだ」という反響が多くありました。

展示会ではひときわ目を引く装飾で注目の的に

小堀社長も自ら技術力をアピール

 

安全・安心な労働環境づくりに妥協なし

インタビューの前に、「まずはこれを見てください」と案内されたのが、作業場の壁の掲示物でした(写真)。様々な講習の修了が明記されています。印刷作業では有機溶剤を使用するため、このように法令に基づく労働安全環境管理が徹底されています。作業場の改築時に開口サイズを大きくしたサッシ窓や、天井を這う太い換気ダクトも、小堀社長のもとで設置されたものです。

真っ先に案内された労働安全衛生講習修了の記録

 

―労働環境改善の取り組みをもう少しお聞かせください。

小堀氏:印刷工程では有機溶剤など人体に有害な材料を使用しますので、化学物質管理の資格認定も必要ですし、作業環境や安全衛生管理にも厳しい規制があります。父の時代にはこうしたことへの社会的関心や意識がまだ非常に低かったですね。しかし、私が経営を引き継いだ後は、従業員の声を聞きながら、「このままではいけない」と再認識し、労働基準監督署ともじっくり協議を重ねて設備の改修や従業員の資格取得を推進しました。大切なのは、従業員が安心して快適に長く働ける環境を作ることです。うちは子育て世代の女性も多いので、勤務時間など働き方については以前から配慮しています。従業員がいなければ、小堀加工所は成り立ちません。

作業場の天井を這う大型の換気ダクト

 

高度な印刷技術で付加価値の高い小ロット受注にこだわるスタイルを確立している小堀加工所。労働環境改善にも常に気を配り、アットホームで活気ある職場づくりが印象的です。こうした経営哲学はどのようなきっかけで生まれてきたのか、次回は小堀社長に訪れた二つの大きなターニングポイントについて取り上げます。


会社名 有限会社小堀加工所

業種   曲面への印刷において全国有数の技術を誇るシルクスクリーン印刷の専門会社

設立年月          昭和43年3月創業(法人設立 平成3年3月)

資本金              300万円

従業員数          役員1名、社員1名、パート従業員6名

代表者              小堀泰克

本社所在地      〒124-0004 東京都葛飾区東堀切3-12-1

電話番号          03-3603-2664

公式HP           https://kobori-kakoujo.com/

この記事の著者

大野秀敏

大野秀敏中小企業診断士

2023年中小企業診断士登録。国立大学教員兼診断士として、大学研究成果の事業化支援や産学連携プロジェクトなどに力を注いでいる。

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