「町工場から企業に」 新たな加工技術に挑戦し続ける(株式会社丸善 インタビュー①)

夢であった「町工場から企業」への軌跡

神奈川県海老名市にある株式会社丸善は、トラックのボデーやキャブ部品を中心とした金属部品を製造・販売する会社。敷地内に足を踏み入れると、数多くの金型が目に入り、工場内から聞こえる「カンカン」といった金属加工の心地よい音が鳴り響きます。

同社は創業から長年培った高いプレス加工技術をコアに、溶接・アッセンブリ加工から磨きまですべて一貫製造できる技術力の高さと広さが武器。お客様からの様々な要望に応えつつ、更なる技術力の向上に日々取り組んでいます。今回は、同社の代表取締役の中澤憲一氏と、常務取締役の藤田一郎氏にお話を伺いました。第一回は、会社の事業内容やこれまでの歩み、多くの苦労があった前社長からの事業承継を中心にご紹介します。

オフィス入口での中澤憲一社長

 

倉庫内の手板金から始まり、トラック部品を中心に手掛ける

-まずは、御社の会社概要についてお伺いできますか。

中澤氏:私たちは、自動車関係のお客様を中心に取引しており、トラック商用車のボデー事業、キャブ部品事業が売上高の約9割を占めます。その他にも、公共のインフラ製品や燃料電池関係の部品、自動車の保安部品などがあります。弊社は板金加工から始まり、現在ではプレス加工から溶接・アッセンブリ加工まで行い、お客様にそのまま使用いただける部品を製造しています。またプレス加工が難しいアルミ材ではマシニングセンタという工作機械を使って形状を加工しています。具体的な製品としては、トラックのボデー部品やキャブ内部のパーツ、エンジン用のカバーやヘッダートレイなどです。最近では、設備を使用しない業務として、トラックのドンガラボディーに窓やドアを取り付ける“艤装”も行っています。トラックは事故や経年により部分的に劣化することがありますが、買い替えは非常に高価になりますので、部分的に部品を交換するニーズに対応しています。

同社が手掛ける様々なトラック用部品 (株式会社丸善HPより)

 

- 御社の経営理念について教えてください。

中澤氏:弊社は経営理念を全面的に掲げるようなことはしていませんが、私は、「すべての人が笑顔になる」というのを大切にしています。お客様、従業員など、携わるすべての方々が笑顔になるような仕事をしたいなと思っています。

藤田氏:具体的な会社の方針については、年2回ほど従業員と1on1での個別面談を実施し、丁寧に説明しています。

 

- これまでの御社の歩みについて教えてください。

中澤氏:会社設立前、板金加工を得意としていた前社長の祖父は、運送業者の倉庫内で事故車を手作業で修理していました。やがて、バンパーなどの部品を修理できるようになったことを機に、昭和21年(1946年)に製造業として本格的に歩みを始めたそうです。リアカーを引いてお客様に製品を納品していたような時代から事業をしています。当初は大田区池上で事業をしていましたが、昭和39年(1964年)に、主要なお客様である加藤車体様(現:株式会社パブコ)が海老名市に移転される際に、「一緒に来ませんか?」とお話があり、私たちも移転しました。その際に、200トンの油圧プレスを導入しました。その後、400トン、350トン、300トンと、順番にプレス機を導入してライン化を行い、一気に生産できるような体制を構築しました。更に、スポット溶接機なども導入し、アッセンブリまでできるような工場に仕上げていきました。その後も、パブコ様とトラック関係のお取引を長年させていただく中で、私たちも共に成長していくことができました。

ライン化したプレス加工機により、一気に生産できる体制を構築

 

前社長の理解を得つつ、周りの協力を得ながら社内体制を刷新

- 中澤様が御社に入社されたきっかけをお伺いできますでしょうか。

中澤氏:いつかは入社しようと思っていたので、大学生の夏休みの際には、2ヶ月ぐらいのアルバイトを3~4回経験し、プレス加工など社内の業務も経験はしていました。ただ、弊社に勤めていた父から「営業する人がいない」と聞いていたので、大学卒業後は営業の勉強のために、情報通信業の会社でインターネット関連の営業を行っていました。27歳のときに、当時専務であった父が体調を崩したことを機に、入社を決意しました。

 

- 中澤様が御社に入社された際、どのように業務をスタートされましたか。

中澤氏:最初は現場に入り、製造のノウハウを全部覚えていきました。その後、品質管理、経理、営業と当時は人数も少なかったので、全部私が一人で行いました。私が入社した当初、従業員の方々は高齢でパソコンを使える方が少なく、お客様からのオーダーを受けるパソコンが1台あるだけの状態でした。まさに“町工場”といった様子でしたね。業務を進める中で、事務員が電卓を片手に手作業で行っていた棚卸をExcelでデータ化したり、手書きの生産計画表をすべてパソコンで作成したりするなど、様々な資料作りを通じて組織体制のデジタル化と強化を進めてきました。

複数のプレス機に並んで加工する作業員などの現場の様子


- 事業承継された際に、苦労された点はありましたか。

中澤氏:「町工場から企業に」することが、私が入社した際の夢でした。入社以後、企業にするためには?という視点でずっと動いてきて、資料作り以外にも、従業員間によって品質にブレがないよう品質面の改善にも努めました。前社長には、「お前のせいで経費が増えた」など、ものすごく文句を言われたこともありましたね。それでも説明を重ねて徐々に理解してもらえ、少しずつ納得してもらえるようになりました。他にも、昔は言うことを聞いてくれない職人気質の方がいらしたのですが、その辺りは間に入って上手く調整してくれるメンバーに助けられ、上手く乗り越えることができ、2008年に専務、2014年に社長に就任しました。


業種   プレス加工、溶接組立、鈑金加工等の金属製品製造業

設立年月          1946年12月

資本金              1500万円

従業員数          35人

代表者              代表取締役 中澤憲一

本社所在地      〒243-0401神奈川県海老名市東柏ケ谷4-11-4

電話番号          046-231-2285

公式HP           https://www.ebn-maruzen.co.jp/

この記事の著者

山本祥晴

山本祥晴中小企業診断士

2024年中小企業診断士登録。化学メーカーにおいて研究開発業務に従事。環境系の中小企業診断士として、経営改善や各種補助金の申請支援に加え、脱炭素経営などの支援も行う。東京都中小企業診断士協会三多摩支部、神奈川県中小企業診断士協会に所属。

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