- 2026-1-20
- 取材・インタビュー
「人は宝」の信念で描く未来。適正価格での取引と自社ブランドへの挑戦
最終回となる第三回は、蟹谷精密研削社の根幹にある「人を大切にする企業文化」、そして昨今の厳しい市場環境を生き抜くための顧客開拓・価格戦略、将来の展望について伺います。
離職率の低さが証明する「人は宝」
-蟹谷社長の経営哲学を一言で表すと何でしょうか。
蟹谷氏:迷わず「人は宝」と答えます。どんなに素晴らしい最新鋭の工作機械や測定器を導入しても、それを動かすのは最後には「人」なんです。プログラムを組むのも、刃物を選ぶのも、製品に魂を込めるのも、すべて社員一人ひとりです。また、父はよくこう言っていました。「業績が悪くなったから社員を減らす。たしかにやむを得ないこともあるだろう。けれど、それを繰り返していたら、最終的には自分一人になってしまうぞ」と。だからこそ、私は「社員が辞めない会社」を作ることに力を注いできました。実際、当社の離職率は業界平均と比べても極めて低いのが自慢です。

経営哲学について語る蟹谷雅彦社長
-具体的にどのような取り組みをされているのですか。
蟹谷氏:まずは環境整備です。社労士の先生に入っていただき、「職場環境改善宣言企業」の認証を取得したり、勤怠管理を導入して残業時間を可視化・抑制したりと、時代に即したホワイトな働き方を推進しています。また、技術面では「多能工化」を進めています。全員が複数の機械、複数の工程を扱えるように教育しています。その一環として、図面管理システム「ズメーン」を導入しました。これまでは過去の図面を探すのが大変でしたが、このシステムでは類似の図面を検索して、「前にどんなものをやっていたか」をすぐに呼び出せるようになりました。図面だけでなく、そこに「工程手順書」を一緒に入れて管理するようにしています。新しいシステムでは、「前回、誰が、どのくらいの時間で、どういう手順で加工したか」という情報を図面とセットで登録できます。クラウド型なのでみんなで共有できるのがポイントです。「この手順通りにやれば、自分にもできるんだ」ということが誰にでもわかるようになる。
-御社のDXは、単なる効率化を超えた目的があるように感じます。
蟹谷氏:誰か特定の職人しかできないのではなく、手順を見れば他の人も同じようにできる。そうやって組織全体のレベルを上げていくことが、DXの最大の目的です。結局のところ、機械やシステムがいかに進化しても、それを扱い、最後に品質を決めるのは「人」です。特定の個人に負荷が集中する「属人化」を解消し、誰もが安心して技術を習得できる環境を作る。それは、社員一人ひとりが長く活躍し、成長し続けるための投資にほかなりません。私がDXに力を入れる理由は、まさにそこにあります。システムはあくまで人を支える道具であり、主役は社員。この取り組みこそが、私の経営哲学である「人は宝」の具体的な実践です。
「待ちの営業」からの脱却。営業代行という選択
-技術力には定評がある御社ですが、営業面ではどのような課題があったのでしょうか。
蟹谷氏:正直なところ、当社は専任の営業員が一人もいないんです。私や妹が既存のお客様を回ったりはしていましたが、どうしても「待ちの営業」になりがちでした。既存のお客様と関係を深めるという営業も大切ですが、それだけでは新しい仕事は入ってきません。新規開拓は急務でした。しかし、人を雇って育てる余裕はないし、私自身も飛び込み営業をする時間はない。そこで目をつけたのが「営業代行」サービスです。
-営業代行サービスは、具体的にどのような成果が出ていますか。
蟹谷氏:「営業製作所」という会社のサービスを利用し始めたのですが、これが非常に効果的でした。彼らが私たちの代わりに月50件ほど見込みのある企業に電話をかけ、アポイントを取ってくれるんです。見込み客を作ってくれる。9月の半ばから始めて、すでに4件ほどの具体的な商談につながっています。一度アポイントさえ取れてしまえば、そこからは私たちの出番です。技術的な話や提案は得意ですから、図面を見ながら「これならこう加工できますよ」と具体的に詰められる。「ドアを開ける」一番大変な部分をプロに任せることで、私たちは得意な「技術提案」に集中できる。この役割分担が、人手不足の町工場には合っていると感じています。そのほか、展示会出展や、ホームページ、Instagramからの問い合わせと合わせて、多角的に新規顧客を増やしていきたいですね。

自ら納品に向かう蟹谷雅彦社長を写したインスタグラム投稿 ※出展元:株式会社蟹谷精密研削社インスタグラムより
揺れ動く市場、それでも「半導体」はなくならない
-今後の市場の見通しについては、どのようにお考えですか?
蟹谷氏:ご存じの通り、当社の主要顧客である半導体業界の変動は非常に激しく、現在は少し下降気味の局面にあります。しかし、この分野がなくなることは絶対にありません。特に今はAIなどの技術が進化しており、それに伴いハードウェアへの要求も高まっています。例えば、自動車業界も大変な状況ではありますが、現代の車はセンサー技術なしには成立しません。安全性を保つための画像センサーや空間センサーなど、あらゆる部分に半導体が使われています。世界情勢の影響で供給網は不安定ですが、技術革新はこれからも間違いなく続くと思います。重要なのは、メーカー側も次世代の技術に向けた研究開発を止めていないということです。新しい技術や装置が出てきたときに、我々がどれだけ素早くアプローチできるか。そこに勝機があると考えています。
-業界全体としては、サプライチェーンの変化も感じられますか?
蟹谷氏:そうですね。最近は倒産というよりも、高齢化や後継者不足による「廃業」が増えていると思います。あるいはM&Aで吸収されるケースですよね。その影響で、当社にも「今まで頼んでいた研磨屋さんが辞めてしまったので、お願いしたい」という相談が増えました。しかし、そこでネックになるのが「価格」です。見積もりの段階で「前の業者はこの金額でやってくれていた」と言われるのですが、聞いてみるとそれが「昭和の価格」のままなんです。
-「昭和の価格」とは、どういうことでしょうか?
蟹谷氏:廃業された工場の中には、家族経営やお父さんが一人でやっていたところが多くあります。当時は利益が出ていて、生活においても安定していた収入が得られていたと思いますが、時代の変化につれ経費が高騰しているにもかかわらず価格改定に踏み切れない、価格を据え置かざるを得ない状況であったのではないかと思われます。しかし、当社のように従業員を雇用し、組織として運営している会社が、その価格で請け負うことは不可能です。ですから、当社としては包み隠さず、正直に話すしかありません。「この製品を作るにはこれだけの工程が必要で、これだけのコストがかかります」と、一つひとつ丁寧に説明します。「以前の価格が安すぎたのであって、適正な品質と納期を守るためには、この価格が必要です」と、理屈立ててお伝えし、お客様に納得していただく。安売り競争に巻き込まれるのではなく、技術の価値を正しく評価してもらうこと。それが、これからの時代に会社を存続させるためにも、非常に重要なことだと考えています。
「人は宝」が支える技術と経営
-最後に、今後の展望をお聞かせください。
蟹谷氏:5年、10年先を見据えて、まずは工場を拡張したいですね。複合旋盤などを導入し、ワンストップ体制をより強化したい。そして、商流の面でもメーカーと直接取引する「一次下請け」の比率を高めていきたいと考えています。さらに大きな夢として、「自社製品・自社ブランド」を持ちたいですね。これまで培った難削材加工の技術を活かして、例えばプロ向けの特殊な工具や治具、あるいは一般家庭で長く愛用される製品などを作ってみたい。開発資金やマーケティングには、クラウドファンディングも活用して、世の中の反応をダイレクトに感じてみたいんです。「下請け」という枠を超えて、自分たちの名前で勝負できる製品を世に出す。それを社員みんなで喜び合える未来を目指して、これからも挑戦を続けていきます。
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未来のために展示会でPRをおこなう蟹谷雅彦社長(右)
業種 諸機器部品研削加工、諸機器部品製造加工
設立年月 1969年(昭和44年)1月10日
資本金 1,000万円
従業員数 12人
代表者 蟹谷 雅彦
本社所在地 神奈川県川崎市川崎区江川1丁目11番2号
電話番号 044-287-2135
公式HP https://kaniya-seimitsu.co.jp/





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