三代目(アトツギ)の挑戦~日々の積み重ねだけが未来を創る~(佐藤製作所 インタビュー②)

職場に風土変革を

目黒区の商店街にある金属加工の町工場、佐藤製作所。第一回では強みである銀ロウ付けの技術と、全員参加型の経営の様子を取り上げた。第二回では、同社の「三代目」である佐藤修哉常務取締役の、入社当時の奮闘エピソードを紹介する。


入社後に知った会社の窮境

常務が入社されたのは2014年。どのような経緯での入社だったのでしょうか。

佐藤氏:特に決まったタイミングがあったわけではありません。私は他業界に就職していたのですが、あまり仕事に気持ちが入らず、他にやりたいこともなくて、このままではいけないと思っていました。そんな折、2013年の末に創業者の祖父が亡くなったこともあり、私から入社させてくださいと頼んだのです。

入社当時について語る佐藤常務

 

ご自身としては、もともと会社を継ぐことは意識されていた?

佐藤氏:祖父からは「三代目」ということを子供の頃から言われていましたが、それを意識しながら勉強したり就職先を選んだりということはありませんでした。恥ずかしながら当時は事業内容も金属加工の工場ということしか知らず、特徴や強みも、人員構成も分かっていませんでした。

会社の内情や状況も何も知らずに入り、当時業績がかなり悪化していたことが後から分かりました。何年も続けて赤字を出しており、売上改善の見込みもなく資金繰りも苦しい状況だったのです。

人員も、多くの工場で同様の問題が起きていますが年配のベテラン職人ばかりで、あと数年は何とかなってもその先はない、という感じでした。社内のモチベーションも低く、活気のない職場になっていたと思います。

 

そのような状況で入社され、当初から経営に関わられたのですか。

佐藤氏:結果的に見るとそうですね。現場には入っていません。仕事がない中で現場を覚えても、この先本当に仕事が来なくなったら意味がないというか、職人として現場を極めるのは会社の状況が良くない中でやるべきことではないと考えました。ですので、それ以外のことを全部やりました。

 

どぶ板営業で切り拓いた道

具体的にはどのようなことに取り組まれたのでしょうか。

佐藤氏:本当に製造の仕事以外全部です。環境もよくなかったので、一人で清掃活動もしました。毎晩深夜まで残ってゴミやいろいろなものを捨てたり、蜘蛛の巣を取ったり(笑)。

不良品や納期遅延も多かったので、一個ずつ対応しながら、再発させないためにはどうすればいいかを考えていきました。

あと値段ですね。全く利幅がないような値付けの品も結構あったので、そういうのも一個ずつ見直して改定しました。

 

新規顧客の開拓も、佐藤常務が営業活動を行ったのですか。

佐藤氏:もちろんそうです。やるのは自分しかいないですから。基本的にはどぶ板営業というか、足ですね。常に外に行っていました。過去の顧客リストも全部掘り起こし、問い合わせが一本でもあれば必ず先方を訪ね、その日知り合った人に別の人を紹介してもらって…と、最初はそういった根性論的なことをひたすらやりました。

同時並行でホームページも作りました。ホームページがあれば、勝手に稼働してくれると思ったので。記事は全て自分で書いています。データ分析は得意ではないのでSEO対策など特別にしてはいませんでしたが、当時からの積み重ねもあり、今は「ロウ付け」の検索でトップになっています。

そういった、基本的に自分一人でできることはどんどんやりました。

 

逆に、社内の人を巻き込んだり説得したりするような場面ではどのように進めたのでしょうか。

佐藤氏:どんな組織でもそうだと思いますが、個人ではなくなった瞬間に、皆の合意を得て何かを進めるというのは本当に難しいことで、複数の人間が関わる案件は今も常に大変です。うまくいかせる画一的な方法はなく、日々のコミュニケーションの積み重ねしかないと思います。どういう考えや意図でそれをやるのか、それをやることでどうなるのか、一回の説明だけで全部は理解できないので、重要なことは何回かに分けて粘り強く話したりして。あとはやっぱり相手との普段からの接し方ですね。

新しいことに取り組む時に、全員が前向きなケースはなかなかありません。当時も、皆本心ではやりたくないけれど、誰かがやらないと良くならないから、今は自分がやらないとダメだろうという思いでやっていました。

商店街の風景に溶け込む社屋

 

取引先社長たちの理解が心の支えに

孤独を感じるようなこともあったのでは。

佐藤氏:それはどこの会社の経営者でも、みんなそうだと思います。その点で言うと、外注先や仕入れ先といった協力会社の、私より年上の社長さんたちが、その時期はすごく助けてくれました。もう無理だなと思うような時に、ちょっとだけ後押ししてくれることが多々ありましたね。当時まだ20代だった私を見て、優しくしてくれたのかなと思います。

 

自分が頑張っていることに対して、外からの 応援や理解というのは助けになりますね。

佐藤氏:そうですね。話を聞いてもらえるだけで楽になりました。やっぱり普段から顔を出して雑談などしていないとそういう相談もできないので、当時頻繁に外へ行っていたから助けてもらえたというのもあると思います。

2階の入り口を入ると事務所、1階に工場がある


業種   金属加工業

設立年月          昭和33年12月17日

資本金              1,000万円

従業員数          17人

代表者              佐藤 隆之

本社所在地      東京都目黒区鷹番3-20-7

電話番号          03-3712-6652

公式HP           https://sato-ss.co.jp/

この記事の著者

青柳紗千子

青柳紗千子オフィス アオ・インサイツ代表 中小企業診断士

大学卒業後、服飾資材専門商社、アパレル輸入卸企業にて計15年間営業として勤務。製造から小売まで、国内外サプライチェーンのあらゆる現場に立ち会う。その後、行政の男女共同参画分野職員を経て、中小企業診断士として独立開業。「人権経営」を提唱し、あらゆる人が能力を発揮できる強い組織づくりを支援している。

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