人を大切にする会社 -昭和の社風と育成の哲学(株式会社昭和 インタビュー③)

最終回となる第三回では、株式会社昭和が創業以来大切にしてきた“社員ファースト”の理念を軸に、働き方や育成の哲学、そして地域・社会とともに歩む未来への展望を描きます。

 

定時で帰る文化が生む、昭和の強さ 

—御社の理念について伺いたいです。

濵野氏:「残業をしない」というのが創業時からの理念です。定時内で集中して働き、アフター5を充実させることで、翌日の仕事の質を高めるという考え方です。私自身もサッカーのシニアリーグに所属していて、社員にも同じように、仕事と生活のバランスを大切にしてほしいと思っています。

横浜工場と濵野代表取締役

 

―いつからそのような理念にされたのですか。

濵野氏:創業当時から「定時で帰る」というのが会社の基本方針なんです。先代がずっとそうしてきたこともありますし、私自身もその考え方を大切にしています。仕事は定時内で集中してやり切る。そのうえで、アフター5をしっかり楽しむことが、翌日の仕事の質につながると思っています。

 

―アフター5の充実が、仕事の質を高めるという考え方ですね。

濵野氏:そうですね。私自身、小学生の頃からサッカーを続けていて、今も神奈川県のシニアリーグに所属しています。40歳以上のリーグですが、元Jリーガーやユース出身の選手も多くて、かなり本格的なんですよ。仕事が終わった後に体を動かすことで、気持ちがリセットされますし、翌日の仕事にも良い影響があります。

 

—社長ご自身が実践されているからこそ、社員にも伝わりやすいですね。

濵野氏:そう思います。社員にも「自分の時間を大切にしてほしい」と伝えています。家族との時間でも、趣味でも、勉強でもいい。仕事以外の時間が充実している人のほうが、結果的に良い仕事をすると思うんです。

 

—残業をしないために、会社として工夫されていることはありますか。

濵野氏:まず、無駄な作業を減らすことですね。前回も話題にしましたが、図面管理のデジタル化や、検査機の導入なども、残業をしないための仕組みづくりの一環です。効率化できるところは徹底的に効率化し、社員が定時で帰れる環境を整える。それが会社の責任だと思っています。

理念だけでは続きませんし、仕組みだけでも浸透しません。両方がそろって初めて「残業しない会社」が成立するのだと思います。

 

自分でつくるマニュアルが技術を深める -昭和の育成法

―若手育成にも力を入れていると伺いました。教育制度について教えてください。

濵野氏:当社では「マニュアルは自分でつくる」という方針を取っています。もちろん基本の作業手順書はありますが、それをベースに、各自が自分の言葉でマニュアルを作り直すんです。自分が理解した内容を、自分が教える立場になったつもりで書く。これが技術の定着につながります。

隔週末に開催される勉強会

 

 

―自分で書くことで、理解が深まるということですね。

濵野氏:そうなんです。例えば、1年目の社員が2年目になり、後輩に教える場面が出てきますよね。そのときに「どう言えば伝わるか」を考える。もし伝わらなかったら、言い方を変えてみる。その経験をまたマニュアルに書き足していく。こうしてマニュアルが“生きた教材”になっていきます。

加工の世界は、どうしても“背中を見て覚える”文化が残りがちですが、当社ではそれを変えたいと思っています。若手が「ここはこうしたほうがいいのでは?」と言える雰囲気をつくることが大事です。実際、若手の意見から改善につながったことも多いですよ。

 

—勉強会も定期的に実施されているそうですね。

濵野氏:はい。平日の15時半から16時までは勉強会の時間にしています。以前はこの時間が休憩だったのですが、休憩を30分に短縮して、残りの30分を学びの時間にしました。プログラムの勉強をしたり、加工の基礎を学んだりしています。

隔週で土曜の午前中にも勉強会をしています。会社が費用を負担し、社員には休日出勤扱いで来てもらっています。平日の勉強会で学んだことを、土曜日に実機で試すという流れです。やはり、実際に機械を触ると理解が深まりますから。

 

—技術継承を“仕組み”として組み込んでいるのですね。

濵野氏:そうですね。技術は人から人へ自然に伝わるものではありません。だからこそ、継承できる仕組みをつくることが大切だと思っています。若手が主役になれる環境をつくることが、会社の未来につながると考えています。

 

異業種からの転身が生んだ、昭和のものづくり

―濵野社長が精密加工の世界に入られたきっかけは何だったのでしょうか。

濵野氏:実は、最初からものづくりの世界に進むつもりはなかったんです。高校を卒業した後は、植木職人になろうと思って造園会社に就職しました。ディズニーランドの庭園のような造形や、ヨーロッパの庭園の刈り込みに憧れていて、将来は海外で日本庭園の管理をする仕事もしてみたいと思っていました。

 

―まったく違う世界からのスタートだったのですね。

濵野氏:そうなんです。ただ、仕事を続ける中で、樹木に対するアレルギーが出てしまって。ほとんどアレルギーが出ないと言われていた樹木でも皮膚がただれてしまい、医師から「仕事を変えたほうがいい」と言われました。ちょうどその頃、当社の会長には後継者がいない状況で、「やってみるか」と声をかけてもらったのがきっかけです。

 

—そこから精密加工の世界へ。

濵野氏:はい。最初は本当に大変でした。造園の世界は“細かいところは無視できる”という部分もありますが、精密加工は千分の一、万分の一の世界。図面通りに作れなければ製品になりません。まったく違う価値観に戸惑いましたが、やっていくうちに面白さを感じるようになりました。

 

—その経験が、現在の経営にも影響しているのでしょうか。

濵野氏:大きく影響していますね。まず、「人はいつでも変われる」ということを自分自身が経験しました。だからこそ、若手にも「最初から完璧でなくていい」と伝えています。学び続ければ必ず成長できる。会社としても、その成長を支える仕組みをつくることが大事だと思っています。

 

—地域や社会との関わりについては、どのように考えていますか。

濵野氏:米沢工場を立ち上げたとき、地元の方々に本当に助けていただきました。補助金制度や融資制度も活用させてもらいましたし、地域の雇用にも貢献したいという思いがあります。今後も、地域と一緒に成長していける会社でありたいと思っています。

 

—最後に、次世代に向けたメッセージをお願いします。

濵野氏:ものづくりの世界は、地味に見えるかもしれません。でも、自分の手で作ったものが社会のどこかで使われているというのは、とても誇らしいことです。特に当社の製品は、通信や医療など、人の生活を支える分野で使われています。若い人たちには、ぜひ自分の可能性を信じて、ものづくりの世界に飛び込んでほしいですね。

濵野代表取締役と社員

 


業種   電子部品製造

設立年月          1979年3月

資本金              1,000万円

従業員数          17人

代表者              濵野邦彦

本社所在地      神奈川県横浜市緑区白山4-67-19

電話番号          045-442-7623

公式HP           https://www.sho-wa-inc.com/company.html

この記事の著者

川崎 悟

川崎 悟合同会社セールス・トータルサポーターズ 認定経営革新等支援機関 代表社員

神奈川県横浜市出身。東京電機大学大学院 機械システム工学科修了。 上場企業のエンジニアから中小企業(水処理機器の商社)の営業マンに転身。「顧客ゼロ・ノウハウゼロ」から新規顧客開拓により売上高3億2000万円(営業所全体の売上高の約70%)を獲得しトップ営業マンになった実績を持つ。現在は、経営コンサルタントとして中小企業を中心とした営業戦略支援、技術営業支援などを行っている。

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